俺は壁相手にラリーを続けていた。テニスを始めた頃は、こんな壁打ちにも苦労していたものだ。長く続けるためには、かなりの集中力を必要とし、少しでもボールの軌道がずれれば、修正はほぼ不可能だった。
それが今となっては、さほど意識をしなくとも、ある程度は続けられるようになった・・・・・・・・・が、一応これも練習の1つだ。できれば、集中して取り組みたい。それに、あまりに外部から集中力を削がれると、さすがに今の俺でもミスをしてしまいそうになる。だが、だからこそ、失敗はしたくないとも思ってしまう。



“・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”



音を消す設定でもしているのだろう。実際には鳴っていないが、それでも幻聴のように聞こえてくるシャッター音に、俺は集中力を削がれていた。・・・いや、これはあくまで付属的なものに違いない。そう理解して、そろそろ我慢の限界が来た俺は、本当の原因へと視線を向けた。



「先輩、そろそろいいんじゃないですか。」



俺が壁打ちを止め、自分に声をかけたのだと気付いたその人は、幻聴の正体であるデジカメを下ろし、こちらを見た。



「そんなことないよ!多ければ多いほど、いい写真が選べるんだから。・・・でも、日吉くんの練習の邪魔になるなら、止めたほうがいいかもね。それに、この写真なんて、結構使えそうだし――。」



そう言いながら、その人は手元のカメラを見、何やら操作し始めた。俺はそれにほっと息をついた。
この人は、先輩。俺が所属している委員の先輩だ。そして、この人が俺の集中力を削ぐ原因そのものだ。
先輩とは委員会でしか接点が無く、だから、今の状況に少し緊張している・・・・・・そんなものが理由ではない。俺は人見知りなど、しないからな。
・・・わかっている。俺にとって、先輩は特別な存在なんだ。だからこそ、近くに居られるだけで集中力を削がれる。そして、先輩に見られているから、上手く打ちたいと思ってしまう。挙句の果てに、こちらに視線を向けられただけで、少し焦ってしまう。・・・・・・・・・重症だな。



「別に邪魔ではありませんが・・・。俺がミスをすれば、先輩に被害があるかもしれないんですよ。」

「大丈夫だよ。だって、日吉くん、上手いから。」



カメラの操作を中断し、こちらを見たかと思うと、少し笑いながら、先輩はそう言った。
・・・・・・本当、そういうの止めてもらえませんか?そんなことをされる度に、こっちは冷静さを保つのに必死なんですから・・・。それに、あまり俺の実力を買い被らないでほしい。俺はまた、その期待に応えようとしてしまうから。
そんなことを考える自分に自嘲しそうになりながらも、俺は先輩との会話に意識を戻した。



「それに、俺ばかり撮っていても仕方がないでしょう?」

「だって今は、日吉くんしか居ないもん。でも、『昼休みも練習!』なんて記事も書きたいでしょ?」



去年から、先輩は報道委員として、テニス部の取材をしているらしい。たしかに、去年も先輩の姿を見た気はする。だが、それを別段気にしたことはなかった。俺が先輩を意識したのは今年からだ。委員会が同じだということもあるが、何より、このテニス部を続けて取材できるという存在に興味が沸いた。
正直言って、部員以外の者がこの部に関わるには、それなりの精神力が必要だと俺は思う。テニス部には特殊な先輩が多く、またその人たちを取り囲む人たちは熱狂的・・・なんて表現では甘すぎるぐらい、先輩たちに劣らないほど特殊な人たちが多いからな。そんな中、2年続けてこの部の担当になるなんて、よほど特異な人物なのだろうと思った。



「それに、今日の放課後は、みんなのことも撮らせてもらうから。大丈夫だよ。」



事実を知ってみると、この人は特異な人でも何でもなかった。ただ、委員の仕事を熱心に取り組んでいるだけだった。実際、委員で自分のカメラを使える人は限られている。自分のカメラで撮ると、写真を私用したり悪用したりする奴も現れるからだ。だが、周りに信頼されている先輩は、自分のデジカメを使用し、それでも問題なく俺たちテニス部の担当をしている。
そして、報道委員でありながら、テニス部員でもある俺は、そんな先輩と共に活動をすることも少なくはなかった。・・・そこで、先輩が自分にとっては特別な存在となっていることに気が付いた。



「でも、たしかに、昼休みの光景はこれぐらいでいいかな。・・・日吉くんは、まだ練習続けるの?」

「えぇ。」

「だったら、少し離れておくから。見ていてもいい?」

「・・・どうぞ。」

「やった!ありがとう。」



これくらいのことで、喜んでしまうなんて・・・と思う。もちろん、それは自分に対して、だ。先輩が少し喜んでくれただけで、俺はそれ以上の喜びを感じている。・・・まったく、どうしようもないな。

そして、今日は昼休みだけでなく、放課後も取材に来るという。それに対しても、楽しみにしてしまっている自分がいる。・・・・・・もちろん、不安に思っている自分もいるのだが。なぜなら、放課後は昼休みとは違い、先輩たちも居るからだ。



「今日はテニス部の部活動の様子を取材させていただきます!邪魔にはならないよう努めますので、ご協力お願いいたします。」

「・・・ということだ、お前ら。レギュラーには簡単な質問も用意してあるらしいから、に協力してやれよ。」

「任せときー。よろしゅうな、ちゃん。」

「俺も頑張っちゃうC〜♪」



この人たちも、先輩のことは気に入っているらしい。おそらく、先輩は先輩たちを取り囲む人たちとは違うからだろう。・・・だが、俺にとって、それは面白くないことであり、先輩たちが取材されている時も気が気ではなかった。
早く、俺の番になれ。そう思っても、3年から順番に回っているらしく、先輩が俺の所へ来たのは、最後の最後だった。



「日吉くん、今大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。」

「それじゃ、最後は日吉くんにインタビューをさせていただきます!えぇっと・・・では、1つ目。『全国大会に行けることが決まりましたが、それについては正直、どう受け止めていますか?』。」

「周りには何か言われているかもしれません。たしかに、行きたくても行けなかった学校は、俺たち以外にもありますから。しかし、そんなことも言えなくなるぐらい、活躍をしていこうと思います。特に、全国大会では青学の奴らに借りを返したいと考えています。」

「・・・やっぱり、日吉くんは熱心だよね。」

「そうですか?」

「うん。とても尊敬します。」

「・・・それは、ありがとうございます。しかし、それなら俺も、先輩を尊敬していますよ。」

「え?そ、そうなの??」

「だって、こうして真剣に委員会の仕事をされているじゃないですか。」



先輩に褒められ、俺もうっかり自分の考えていることを口に出してしまった。だが、その後、先輩の様子を見て、これはこれで良かったかもしれないと思えた。



「あ、ありがとう・・・。」

「どうして、そこまで頑張れるんですか?」

「えぇ?!ど、どうして、って言われても・・・。」



明らかに動揺し始めた先輩。そんな先輩の様子に何も無いと思える方が可笑しいだろう。だから、俺は矢継ぎ早に質問をした。そのことで俺は、自分自身の希望を閉ざしてしまう可能性もあった。だが、そんな心配よりも、俺はもっと先輩を焦らせたいと思ってしまったんだ。
・・・好きな人ほど、いじめたくなる。だって、そういうものでしょう?



「そういえば、先輩は去年もテニス部担当だったんですよね?どうして、そこまでテニス部に拘るんです?もしかして、この部に自分のことを認めてほしい相手でもいるんじゃないですか?」

「日吉くん?!別に、そんなんじゃ・・・!!」

「ちなみにその相手、俺に教えてもらえませんか?」

「だから!そんなんじゃないってば・・・!!それに!!今は、日吉くんに対するインタビューの最中です!私のことはいいでしょ!さ、次行くよ・・・!『全国大会に向けて、日々努力していると思いますが、今日の目標や身近な目標などがありましたら、教えてください』っ!」

先輩が答えてくれるまで、俺も答えられません。」

「どうして?!」

「だって、先輩の答え次第で、俺の答えも変わりますから。」

「・・・どういう意味?」



先輩は、まだ少し怒った調子で言った。・・・本当、可愛い人だ。
そう思った俺は、そんな先輩の疑問に答えてあげることにした。



先輩が俺以外の名前を答えれば、俺はその相手に勝つことが目標になりますから。・・・もし、俺の名前を答えてくれたなら、俺も先輩のために頑張ることが目標になります。」

「・・・・・・・・・・・・日吉くん。それ、変な勘違いしちゃうよ?」

「どんな?」

「その・・・。私のことが好きなのかな、とか・・・。」

「それを勘違いだと思うことが、そもそも勘違いですけどね。」

「!!?そ、それって・・・?!」



また先輩は慌てていたが・・・先ほどとは少し様子が違うように思えた。たぶん、自惚れでなく、俺の考えは当たっているだろう。その確認をする意味でも、俺は先輩に止めの言葉を放った。



先輩のことが好きなんですよ。・・・それで。先輩は、誰に認めてほしいんですか?・・・答えてくれますよね?」

「・・・・・・・・・日吉くん、です・・・。でも・・・私がこんな理由で委員の仕事をやってるって知って、日吉くんは軽蔑したりしない??」

「・・・先輩は俺のことを聖人君子とでも思ってるんですか?俺だって、自分のことを想ってくれる相手に、そんな態度を取るわけがないじゃないですか。・・・もちろん、先輩に限っての話ですが。」

「・・・ありがとう。」

「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。・・・ところで、先輩。」

「ん、何?」

「これからは、俺のことだけ見ていてくださいね?」

「!!・・・委員会の仕事上、できませんっ!!」

「それと。先ほどの質問の答えは、後の方を使ってください。」

「使えるわけがないでしょ・・・?!」



慌てる先輩がやはり可愛くて、思わず笑ったら、案の定怒られてしまった。・・・そんな姿さえ愛おしい。なんてことを俺が思ってるとは、考えてもいないんでしょうね、先輩は。
その後、先輩は真面目に委員の仕事を続け、俺は記事に使えるような答えに変えさせられ、いくつかの別の質問にも答えた。そして、それらの質問が終わり、最後に先輩はカメラを取り出して、記事に使うための写真を“ピピ・・・”と撮った。
・・・別に俺の回答は、あのまま載せてもよかったのに。とは、さすがの俺も思わないが。

結局、先輩はどんな記事を書いたのかと思いながら、校内で配られたテニス部の記事を読んだ。そこには先輩の宣言通り、平等でかつ至って普通の内容が書かれていた。・・・まぁ、当然か。
そう思ったが、逆にそれが不思議だった。・・・そうだ、平等になるわけがないんだ。なぜなら、昼休みに練習していたのは俺だけだったのだから。その昼休みでの記事を書けば、少しは俺に関する内容が増えただろう。だが、昼休みの練習風景は、一切書かれていなかった。
・・・そういえば。あのとき、カメラの音は鳴っていなかったはず。それなのに、放課後の部活の時は・・・・・・。

おそらく、先輩はあの時、写真など撮っていなかったんだ。そのことを問いただせば、「あの時は、練習の邪魔になるから音を切っていただけ」とか「書く内容が多くて、昼休みのことは書けなかった」なんてことを先輩は答えるに違いない。
だけど、そんな言い訳で逃げ切れるとでも思っているんですか?本当は委員の仕事を口実に、昼休みも俺の練習を見に来たかっただけじゃないんですか?
そんなことを考えていたら、先輩がおそらく同じ記事を持って、こちらに来るのが見えた。・・・いい機会だ。必ず、事実を訊き出してみせますからね、先輩?














乃紀様、相互リンクさせていただき、ありがとうございます!!
というわけで、この作品は乃紀様に献上いたしますっ!
こんな物しか書けなくて、すみません…!!(涙)
一応これが、今の私の精一杯です…!!(汗)
こんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします!(敬礼)
皆様も、こんな作品に目を通していただき、ありがとうございましたー!

('08/12/08)